124位 Be My Baby
邦題: ビー・マイ・ベイビー アーティスト: The Ronnets アーティストのリリース時年齢: 17(Nedra Talley), 20(Ronnie Spector), 22(Estelle Bennett) 収録Album: Presenting the Fabulous Ronettes Featuring Veronica NOV 1964 前作のアルバム: なし Single: 先行リリース Singleカップリング曲: Tedesco and Pitman チャートイン: 1963年8月にフィレス・レコードからデビューシングルとしてリリースされ、アメリカとカナダで2位、イギリスで4位を記録
- 1963年夏の終わりまでにビルボード・ポップ・シングル・チャートで2位に到達
- カナダのCHUMチャートでは4週間1位
- イギリスでは4位
- 年末までに200万枚以上を売り上げ レーベル: Philles プロデュース・レコーディング: アレンジはジャック・ニッチェ、エンジニアはラリー・レヴィン Gold Star Studio, Hollywood 1963/7/29 パーソネル: 作曲者: Jeff Barry, Ellie Greenwich, Phil Spector 原作リリース情報: なし
────────────
厳密にはPhil Spectorが前年リリースしたアルバム A Christmas Gift for You from Phil Specter に Ronnets明記の曲は3曲 含まれている
Frosty the Snowman, Sleigh Ride, I Saw Mommy Kissing Santa Claus
────────────
制作背景
スペクターはロサンゼルスの自身のオフィスでこの曲を書きました。録音に参加したセッション・ミュージシャンたちは後に「レッキング・クルー」として知られるようになります。スペクターがフルオーケストラと録音したのはこれが初めてのことでした。
ロネッツのメンバーのうち、実際にトラックに参加したのはリード・ボーカルのロニー・スペクター(当時はヴェロニカ・ベネット)のみです。
歌詞は、男性の気を引こうとする女性の視点から描かれており、通常の男女の役割が逆転した珍しい内容となっています。
レコーディング
バッキング・ボーカルにはソニー・ボノとシェールも参加。シェールは後のインタビューで「最初は"ただの騒音係"として始まった」と語っています。
ロニーはレコーディングを振り返り、こう述べています。「スタジオのトイレで練習していたの。そこで聴こえる音が大好きだったから。あの"ウォー・オー・オー"は全部あそこで生まれたのよ。」
ロニーの回想によれば、ディック・クラークは「アメリカン・バンドスタンド」でこの曲を「世紀のレコード」**と紹介したとのことです。
音楽的影響と遺産
最も有名な影響を受けたアーティストはビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンです。初めてラジオでこの曲を聴いた時、感動のあまり車を路肩に止めて聴き入ったと言われています。ウィルソンはこの曲への返答として「ドント・ウォーリー・ベイビー」(1964年)を作曲。娘のカーニー・ウィルソンは「子供の頃、毎朝この曲で目が覚めた」と述べています。
プロデューサーのリック・ノウェルズはこう語っています。「“ビー・マイ・ベイビー"は、私にとってモダン・ポップ時代の原点(グラウンド・ゼロ)です。それ以前のすべてをバックミラーに追いやった、一線を画する作品でした。」
主な受賞・評価
- 2006年:アメリカ議会図書館 国家録音登録簿に登録
- 2024年:ローリング・ストーン誌「史上最も偉大な500曲」で22位
- NME「史上最も偉大な500曲」で9位
- 放送回数:ラジオ・テレビ合わせて390万回以上(2016年時点)
映画・カルチャーへの影響
- マーティン・スコセッシ監督『ミーン・ストリート』(1973年)のオープニングで使用
- 映画『ダーティ・ダンシング』(1987年)のオープニングでも使用
- エディ・マネーの「テイク・ミー・ホーム・トゥナイト」(1986年)ではロニー・スペクター本人が参加し、このフレーズを歌唱
- ジーザス・アンド・メリー・チェインの「ジャスト・ライク・ハニー」など、多数の楽曲があの特徴的なドラム・イントロを引用
Tedesco & Pitman

この2人は、1960年代ロサンゼルスの伝説的スタジオ集団に属していたトップ級のギタリストです。
役割
- レコード会社やプロデューサーに呼ばれて録音する
- 1日に何曲もレコーディングする
- クレジットに名前が出ないことも多い
当時のポップスやロックの膨大なヒット曲の裏で演奏していました。
なぜ「Tedesco & Pitman」と並んで書かれるのか
スペクターの録音では有名なウォール・オブ・サウンドの手法が使われました。
その特徴は
- 同じ楽器を複数人で重ねる
- 同じフレーズを少しずつ違うタイミングで演奏
- それをエコー室で混ぜる
というものです。そのため Be My Baby の録音でもギターが複数本同時に演奏**されています。
典型的なセッションでは
- Tommy Tedesco
- Bill Pitman
の2人が同時に弾いていました。つまりこれはユニット名ではなく、セッション資料やディスコグラフィでの 「ギター:テデスコとピットマン」 というクレジット的な表記です。
Be My Baby(1963)— 有名なドラムイントロと録音の実態

Hal Blaine の有名なエピソード
「あのイントロは、ただ曲の頭を叩いただけだった。
まさか歴史に残るとは思わなかった。」
彼は1960年代のヒット曲のドラムの多くを叩いています。
例 Good Vibrations, Mrs. Robinson
彼のキックドラムは意図的にかなり大きく録音されています。スペクターが、
「まずリズムを壁にする」
と考えていたからです。 そのためあの4発のイントロが巨大な壁のように聞こえるわけです。
「あの有名なドラム・イントロは事故だった。2拍目でもスネアを叩くはずだったが、スティックを落としてしまった。そのままにしたら、あの"ブン・バ・ブン・ブーン!“になったんだ。するとみんなそのビートを求めるようになった。」
始まる瞬間で曲が分かる
「ポップ史で最も有名なドラムイントロ」
とよく言われます。
「Be My Baby」の録音の秘密
(ベース2本+ピアノ2台)


ベースが2本ある理由
参加していたベーシストは Ray Pohlman, Jimmy Bond 役割が違います。
アコースティックベース
低音の「丸い音」を作る。
エレクトリックベース
音程をはっきりさせる。この 2つを同時に鳴らすことで
- 厚い低音
- くっきりした輪郭
が同時に生まれます。これは後に多くのロック録音で使われる方法になりました。
ギターも2〜3本
ギターも複数。同じフレーズを完全には揃えず少しズラして弾きます。これで自然なコーラス効果が生まれます。
後世のミュージシャンへの影響
多くのアーティストがこのイントロを引用しています。
有名な例として Bryan Wilson, Bruce Springsteen などが、この曲をポップ録音の最高峰**と語っています。
Brian Wilson と「Be My Baby」
Brian Wilson は The Beach Boys の中心人物です。 1961年に結成され、主なメンバーは
- Brian Wilson
- Carl Wilson(弟)
- Dennis Wilson(弟)
- Mile Love(いとこ) Al Jardine

Brian Wilson(Beach Boys)はこの曲を100回以上研究したと言われています。
「この曲を聴いたとき、車を路肩に止めて泣いた」
そしてその研究から生まれたのが、1966年のアルバム Pet Soundsです。
その後の有名な行動
ブライアンはこの曲を研究して
- 楽器の重ね方
- コーラスの配置
- リズムの作り方
を徹底的に分析しました。
Brian Wilson は
- 作曲
- 編曲
- プロデュース
- コーラス編曲
を担当し、バンドの音楽的リーダーでした。 人生で一番好きな曲は何かと聞かれると、長い間ずっと「Be My Baby」と答えていました。